TROUT SPOONS Lab で考察したスプーンが泳ぐメカニズムについてまとめました。
私たちの考察なので一般論と異なる部分があるかも知れません。
ここに記載されている内容については、TROUT SPOONS Lab のオリジナルであることをご理解いただき、皆さんの釣りに活かして頂ければと思います。

編集日 2020/10/01

1.揚力について


リトリーブによってスプーンが前進すると、スプーンのフェイス面は水流を受けます。
スプーンを引っ張っているのはラインの先に結ばれたスナップで、ここがスプーンの力点となります。スプーン自身はスナップにぶら下がる形となるため、フェイス面に受けた水流はスプーンの重心点(形状によって異なりますが真ん中辺りになります)を後方に押し流し、スプーンには迎え角が生まれます。迎え角によってスプーンを上方に持ち上げる力を揚力、スプーンの進行方向に抵抗となる力をドラグと呼びます。
極低速のリトリーブ(私たちのテスト結果では 20cm/sec 以下の速度領域です)でスプーンが直立した状態では、迎え角が過大となるため揚力を生み出すことは出来ず、ドラグのみが発生します。
リトリーブスピードが一定値を超えるとスプーンは迎え角を持ち、揚力を生み出すようになります。リトリーブスピードとスプーンの迎え角の大きさによって揚力は変化し、それに応じて揚力の分力となるドラグも変化します。

<公式> 揚力 Lift=1/2ρv2SCL  ドラグ Drug=1/2ρv2SCD

公式を記載しましたが、揚力もドラグもその大きさはスプーンの表面積の大きさに比例し、またリトリーブスピードの二乗に比例して大きくなります。
CL と CD というのは係数ですが、CL はスプーンの迎え角に比例して変化し、CD は迎え角の二乗に比例して大きくなります。

スプーンはリトリーブスピードを高めると揚力が強まって上層を泳ぎ、スピードを下げると揚力が弱まり下層を泳ぐようになります。このとき、スプーンの姿勢も変化して、スピードが高いときは水平に近づき、スピードが下がるにつれて垂直に近づいていきます。また、スピードを高めるとドラグも増加していくので手元に伝わる振動や重たさが強まります。

まとめると、スプーンが揚力を得るにはある一定以上のリトリーブスピードが必要ということで、揚力の強さはリトリーブスピードに応じて二次的に変化する特性を持っている点がポイントです。リトリーブしないとスプーンが沈んでしまうのはこのメカニズムのためです。

2.ロール運動について


水流を受けて揚力を持ったスプーンは、フェイスに受けた水流を左右に受け流して泳ぎ始めます。
リトリーブスピードが低くて揚力を十分に得ることが出来ていない状態では、スプーンは左右の肩を揺するようにフラフラと泳ぎます。極低速領域では上手く泳ぐことが出来ず、左右にふらついて回転してしまうスプーンもあります。
スピードが少しづつ高まり揚力が増えるに従って、左右に肩を揺するような泳ぎは次第に一定周期の振り子運動に変化していきます。そしてあるスピード領域でスプーンは最も綺麗に泳ぐようになります。
更にスピードを高めるとスプーンの振り子運動はオーバーシュートするようになり、挙動が乱れるようになって一定周期の振り子運動のリズムは遅くなっていきます。そして最終的には振り子運動をしなくなり、回転してしまいます。

スプーンが振り子運動を行うのは二つの力によるものと考えています。
一つは重力の力、もう一つは揚力によって発生する加速度の力です。

<公式>  重力の力 F=mg   加速度の力 F=ma

公式を記載しましたが、m はスプーンの質量、g は重力加速度、a は振り子運動で発生する加速度となります。
加速度は時間当たりのスピードの変化なので、一定スピードでリトリーブしている場合は進行方向での加速度は発生していません。重力と揚力によってスプーンが左右にヒラヒラと振り子運動をしているとき、振り子の速度変化によって加速度が発生します。
スプーンが振り子の上死点(最も高く舞い上がった状態)に到達すると、振り子のスピードはゼロとなり重力の力によってスプーンは落下し、落下する時に発生するフェイス面の揚力によってスプーンはスピードを増して、反対側の上死点目掛けて振り子運動を行います。
重力とスプーンの揚力の連成で振り子運動は発生し、スプーンはロール運動するようになります。

まとめるとスプーンのロール運動は、「重力加速度」と「揚力による加速度」の力によって発生する振り子運動ということで、リトリーブスピードがある一定値の条件で最も安定して泳ぐようになる。スプーンに適正なリトリーブスピードがあるのはこのメカニズムのためです。

3.泳ぎのタイプについて


スプーンのタイプを示すときに「ウォブリング」と「ローリング」と一般的に表現されています。
「ウォブリング」と「ローリング」とは具体的にどういう挙動でしょうか?説明しようとするとなかなか難しいものです。

スプーンは「揚力」と「振り子運動」によって泳いでいます。
私たちが調査した結果では、この二つの力のメカニズムはすべてのスプーンに共通していました。つまり、「振り子運動」を「ロール運動=ローリング」と捉えると、すべてのスプーンは「ローリング」する、ということになってしまうのです。

ではスプーンの泳ぎのタイプ、「ウォブリング」と「ローリング」の違いとは何でしょうか?
様々なスプーンの泳ぎを見比べた結果、私たちは以下のように定義しました。

ウォブリング・力点となる前穴を中心にスプーン重心点が大きな振り子運動を行う
・フェイス面で水を強く受けて力強く泳ぐ
ローリング・振り子運動は小さく、頭を左右に振るようにZ軸回りの回転運動を行う
・フェイス面で受けた水を受け流して穏やかに泳ぐ

大きな違いは正面から受ける水流を「受け止めるか」それとも「受け流すか」です。水を「受け止める」スプーンは大振りに泳ぎ、「受け流す」スプーンは小振りに泳ぎます。また、水を「受け止める」スプーンは前穴を中心にパタンパタンと強く水を切る泳ぎをしますが、水を「受け流す」スプーンは重心点回りに頭を振って身悶えるように泳ぎます。F=ma というロール運動の力の大小によるもので、F=ma が強いのが「ウォブリング」、弱いのが「ローリング」となります。
この泳ぎの差は、ベンドカーブとカップのデザインによって決定されています。スプーンビルダーはトライアンドエラーを繰り返してスプーンの形状を作っていきますが、その形状にはビルダーの思想が強く反映されています。

まとめると、スプーンの泳ぎのタイプは水流の受け止め方によって異なり、「水を受け止める」あるいは「水を受け流す」タイプで区分出来て、それぞれの特性のバランスがスプーンのキャラクターとなります。それはスプーンのベンドカーブとカップの形状によって決定されます。

4.泳ぎの安定性について


スプーンには様々なタイプがあります。重量の重いモノと軽いモノ、表面積の大きいモノと小さいモノ、幅広のモノと細長いモノ、それぞれにキャラクターは異なり、使いどころも変化します。
振り子運動の軌跡はスプーンのキャラクターで異なり、泳ぎの安定性の高いものと低いものがあります。
泳ぎの安定性とは、水流等の外乱によってふらつかず安定して振り子運動を行うスプーンと定義します。
私たちの調査結果から傾向的に言えることを下記にまとめました。

重量= 重いほど安定しやすい
表面積= 重量に対して小さいほど安定しやすい
形状= 細長いものほど安定しやすい

表面積の大きさと重量の関係、それに表面形状、この三つの要因でスプーンの基本的な安定性は決まると考えています。
安定性に影響が生じるのは、受水面や入力点と重心との位置関係が要因で、表面積に対して重量が重いスプーンは板厚が厚いため重心位置がスプーンの腹側に下がることとなり、また細長いスプーンは力点となる前穴に対して重心位置が遠くなるため、それぞれ安定性が高まります。
ベンドカーブとカップ形状も受水面と重心位置の関係に影響するため安定性に変化を与えるはずですが、その曲がり方によってスプーンの泳ぎの特性が変化するので一概には言えません。傾向的にはネック部分のベンドカーブの大きなスプーンの方が、安定性は高いようです。
ここに挙げた三つの諸元が安定傾向のスプーンほどイレギュラーが少なくて安定したピッチを刻み、また逆のスプーンはイレギュラーなアクションが魅力になるものと思われます。

ここで注意しなければならいのは「不安定なスプーンが悪い特性ではない」ということです。スプーンの不安定な挙動は時としてトラウトを興奮させる要素となります。そのときのシチュエーションに応じてスプーンのタイプを使い分ける必要があります。

アングラー自身で安定性を調整する方法もあります。
スプーンに組み合わせるスプリットリングとフックの仕様によってスプーンの泳ぎは変化します。スプリットリングとフックの仕様が安定性に寄与するのは、その質量から生じる慣性力=イナーシャのためです。スプーンが水流を受けて振り子運動をするとき、スプリットリングとフックの重量はスプーンの動きを止める側に作用することで安定性を高めます。
ただし逆作用の懸念もあります。スプリットリングとフックは安定性に寄与するものの、それはスプーンの泳ぎを阻害する働きに繋がります。ヒラヒラと素早いピッチで泳ぐスプーンが、フックを交換したとたんに素早さを失ってしまうケースもあるので注意が必要です。

まとめると、スプーンの安定性は表面積と重量のバランス、表面形状によって変化する。スプリットリングとフックの重量は安定性に寄与する。スプリットリングやフックは、オリジナル仕様のモノを選択することが基本ですが、泳ぎのチューニング要素として活用できます。